ほとんどの生徒は学校教育の授業の中で数学を学んでいる.生徒が抱いている数学観,特に数学的内容に対する解釈の多くは教科書から獲得したものであるとも考えられる.具体的な数学的内容についての歴史的背景が記せられている教科書はあまり多く見られない.したがって生徒の多くは必ず存在している歴史的背景という視点をなくして解釈している場合が少なくない.E.H.カーの「過去は現在の光に照らして始めて私たちに理解できるものでありますし,過去の光に照らして始めて私たちは現在をよく理解できるものであります.」という言葉からも数学的内容の歴史的背景についての認識の意義を見出せるだろう.そこで本研究では数学史を活用した授業により生徒の数学的内容に対する意識がいかに変容するかに焦点を当てる.ただし,ここで数学史を扱う際,一次文献の利用とその意義を認め,活用することとした.さらに,私は平成11年高等学校学習指導要領の「図形と方程式」の単元のなかで目標として挙げられている「座標と式を用いた処理の有用性」に注目した.

そこで,本研究では,一次文献を用いた授業が生徒の数学的内容に対する認識の変容に効果を及ぼしたかを明らかにするという課題を設定した.但し,ここでいうの数学的内容とは幾何的表現と代数的表現の融合についてとした.研究の方法としては,一次文献を用いた研究授業を行ない,結果を検証した.用いた原典は『原論』と『平面及び立体の軌跡論入門』である.『原論』は紀元前3世紀に書かれたユークリッドの名著であり,当時のはっきりとした幾何と代数の融合がみられなかったという例として用いている.また,『平面及び立体の軌跡論入門』はフェルマーの著作であり,代数方程式を軌跡の概念を用いて幾何的表現している例として用いている.両方の解釈を通して,生徒が代数と幾何の融合について,さらなる価値を持つことができることをねらいとした.

実際の授業に関しては,ワークシートを用いて,生徒の主体的な活動を重視した.少人数の授業ということもあり,生徒は積極的に参加し,内容の理解は困難でなかったようであった.事後のアンケートで,『平面及び立体の軌跡論入門』に関して,生徒は「数学に対してのイメージというか,そういうものがまた少し変わった気がする.やはり,図形だけ,式だけでは理解しづらい.よく考えたら,図形を式で表すという考え方自体すごいと思った.また,表せてしまうこともすごい.」と述べている.これは,幾何的表現と代数的表現の融合の有効性について以前より強く認識していることが伺える.その他にも,興味あるアンケート結果が得られた.結果を考察した結果,本研究の課題に対して,一次文献を用いた授業を通して生徒は幾何的表現と代数的表現の融合の有用性を再認識することができるという答えが得られた.