要約

筑波大学教育研究科 小松孝太郎
本研究題目
複素数の歴史にみる虚数を実体化する学習 〜歴史的原典を利用した解釈学的営み〜

1.はじめに  
  本研究において、磯田(2002)のいう解釈学的営みに基づき、虚数及び複素数平面に関する数学史の教材化及びその実践を行った。研究目的、研究方法は以下の通りである。

2.研究目的・研究方法
研究目的
  虚数、複素数平面に関する数々の数学者の考え、またはその考えの過程について生徒が解釈学的営みを行うような授業実践により、他者の立場に立って物事を考える姿勢を生徒の中に育成し、さらに彼らの数学観の変容を図る。
研究方法
  以下の下位課題を設定し、ビデオ及び生徒へのアンケートを基にこの下位課題が達成されたかどうかを判断する。
  @生徒は虚数、複素数平面が考えられた時代特有の数学を体験し、当時の数学者の立場になって考えることができるか。
  A生徒は虚数、複素数平面という数学の題材における多くの数学者の考えを体験することで、現在学んでいる数学を人の営みとしてとらえ、数学の創造的な側面を味わうことができるか。

3.虚数の実体化の教材化
  虚数は16世紀にカルダノによって初めて考察された。しかし、当時の数学は「図に表すことのできない数学は認められることがなかった」ことから、虚数も認められなかった。それ以降、ボンベリ、デカルト、オイラー等、多くの数学者が虚数の図示に挑戦してきたが、その成功には至らなかった。途中、ウォリスが虚数の図示に成功したと宣言したのだが、彼の考えは矛盾しており、また内容も複雑だったため、当時は無視されていた。その後、1797年にデンマークの測量家であるヴェッセルという人物が虚数の図示に関する論文を出した。しかし、当時デンマーク語というのはほとんど読まれることはなく、100年後の1897年にフランス後の要約が出されてようやく注目されることになった。また、1800年代初頭には、フランス人のアルガン、ドイツ人のガウスという数学者がそれぞれ虚数の図示に成功したという内容の論文を提出した。特にガウスはそれ以降、複素数の理論的発達に貢献したため、多くの国で複素数平面はガウス平面と呼ばれている。
  授業では、1時間目にカルダノ、ボンベリ、デカルト、2時間目にウォリス、3時間目にヴェッセルとガウスを取りあげ、授業を行った。このように多くの数学者が虚数の図示に関わってきた過程を学習することで、生徒は数学の創造的な側面を感得することができると思われる。

4.虚数の実体化の授業概要
  報告書、スライド、テキスト等を参照。

5.結果と考察
下位課題@について
  授業において、カルダノとウォリスについて考察しているときに生徒はこの数学者の立場に立っていたことが、授業時または授業の様子を録画したビデオから観察された。前者については、「虚数を何とか図示してやろう」という気持ちになっており、後者については、ウォリスの説明に不満を抱き、ウォリスの役を演じた授業者もしくは仲間を否定しようと論を展開した。以上より、下位課題@は達成されたと判断できる
下位課題Aについて
  生徒の感想から判断すると、ほとんどの生徒が数学の創造的な側面を感得していた。またそれだけにとどまらず、数学に対する今までの自分の姿勢の反省、数学史にとどまらず歴史を学習することの意義の発見、自分の活動に対するメタ認知から更なる数学史の学習に対する意欲等が見られた。以上より下位課題Aが達成されたと判断できる。

参考文献
磯田正美(2002).解釈学からみた数学的活動論の展開.筑波数学教育研究,21,1-10.