筑波大学大学院修士課程教育研究科 青木 弘

0 題目:

数学者の新方法の公示による生徒の数学観の変容に関する一考察

〜フェルマーの論文「極大および極小値研究のための方法」の解釈を通して〜

1 目標:

数学史文献を題材とする活動を通して、一次文献である原典から読み取られるような、かつて昔あった『数学』というものはこうだったと生徒自身がそれぞれ解釈し学習することから、それぞれ自分なりに理解し、また『数学』というものが人間の営みを通して構成されてきたものとして感得し、追体験できるか否かを明らかにする。さらにコンピュータ等の活用を含めて、近未来型の指導法の効果を明らかにする。

上記の目的を達成するため、以下を下位課題として設定する。

l一次文献である原典を読みながら追体験することで、連続性・発展性を感じ取り、数学では絶えず新発見が行われていることを認知する。

l新しい方法論によって、古い問題の鮮やかな解決が得られたことではなく、新しい数学の問題が提起され、新しい数学の分野が切り拓かれる、つまり、「新しい、まだ浸透していない考え方をどうやって相手に理解させるか」という問いに、どう対応するかを念頭において考える。

l子どもが数学に対する見方を変え、数学が変化し、発展するものであると捉えられるよう、数学史を生かした指導を提案することである。

l作図ツールを用いることで、視覚的に理解できる。また、求めた答えを吟味するために、視覚的に確認できる。

2 教材開発の工夫:

本研究ではフェルマー(P. de Fermat, 1601-1665)の最も初期の極大極小論の論文『極大及び極小値研究のための方法[1]』(1629) の一次文献である原典の解釈を通して、フェルマーにおける『無限小』の取り扱いをフェルマーの接線論に見いだし、巧みに用いて体感することで、今日の微分積分学の中にある接線の方程式の導き方と対比して、その根源にあたることを確認したい。なお、研究授業の展開の仕方として、作図ツールであるCabri GeometryU[2](以下カブリとする)を用いて生徒に活動させ、授業の進行をMicrosoft Power Point 2000スライドショーを用いた。

3 授業概要:

筑波大学附属高等学校 第2学年の有志5名を対象の生徒とし、2000年12月に、放課後の時間帯で3時間実施した。次に、授業展開の仕方として、

@一時間目

フェルマーについて紹介した後、以下の問題を後に取り扱うフェルマーの解法と対比するため、生徒に手を動かして考えてもらった。

問題; 与えられた線分を二つに折って、その二つを縦、横とする辺で長方形を考えるとき、その面積を最大にするにはどのように折ったらよいか。

一次文献である原典となる文章を題材として、実際に読み進めていく方法として、穴埋め形式のページを用意し、日本語訳の文章を参考に、途中、語句をおりまぜながら、数式を並べた表記にかえる方法をとった。その後、穴埋めの結果を生徒に当てながらフェルマーの考え方を解説していった。

A二時間目

先程の問題に対し、フェルマー特有の考え方を踏まえて、思うことを生徒に考えさせた。さまざまな意見のもとに、「そもそもフェルマーは、なぜこんな解法をしたのか」ということを追求し、自ら提案する方法が有効であることを確かめるため、ユークリッド原論に書かれていた既存の事項について、新方法を用いて論を転じ、結論が導き出せることを触れた。次に、カブリを用いて、放物線を作図させた。

B三時間目

フェルマーの接線法を一時間目と同様のアプローチで、読み進めた。その結果を実際に、カブリを用いて視覚的に確かめ、このことがアルキメデス方法に記されていることを触れた。次に、バロウの接線法について触れ, 両者を比較して相違点と共通点を、自由に述べさせた。

4 研究の成果:

第一に、以下のアンケートの抜粋より生徒は数学の連続性・発展性を感じ取ることができたと認識でき、数学観の変容がうかがえた。

l  人によって、一つのことを証明するのに、いっぱい方法があるのだなぁ。

l  長い歴史の中の数学への人々の認識の移り変わりを見ることができた。

l  今、当たり前に証明できるものも、長い歴史の中で試行錯誤して編み出された証明なのだろう。

第二に、以下のアンケートの抜粋より当時の人が作り出した新方法がダイナミックな発想であればあるほど、容易に受け入れて吸収し、認識することは極めて難しいといえる。

l  数学的発想ができなかった。

l  彼らの思考回路が謎だった。(別に、納得できない訳ではないが・・・)

第三に、以下の生徒のアンケートの抜粋より生徒が数学に対する見方や姿勢が変わったと思われる。

l  数学というのは、昔の誰かが思いついたやり方を昔から今までずっと習うものだと思っていた。しかし昔のいろんな人がいろんなやり方を考えていた中の一つを学んでいたんだなぁと思った。

l    まだ、完成されていない計算方法に触れることで、今「公式」として受けている様々な知識を「疑ってかかる」姿勢を持てた。

l    主体的に学ぶ姿勢に欠けていたのかもしれない。与えられた「穴埋め問題」しか問けない。自分で文献を探し、問いていくことがこれからの課題だと思う。

またある生徒は自ら、以下のような自分なりの解釈をもつことができた。

「今では“e”みたいな存在をあやふやなままにしているが、今後、もし優秀な数学者が現れて、“e”の存在を確立、またはくつがえすような発見をしたら、面白い。でも“e”があやふやだと私が思うのは、昔の人に比べて、デジタルな世界に生きている現代人だからかもしれない。」

5 参考文献:

*P. de Fermat 「Methodus ad Disquirendam Maximam et Minimam」 OEuvres de Fermat(1629)

*  D.J.Struik,「FERMAT, MAXIMA AND MINIMA」 p222-227 (A Source Book in Mathematics ) Cambridge, Mass. : Harvard University Press, 1969

*D.J.Struik「BARROW,THEFUNDAMENTAL THEOREM OF THE CALCULUSp253-263 (A Source Book in Mathematics ) Cambridge, Mass. : Harvard University Press, 1969

*中村幸四郎・寺阪英孝・伊東俊太郎・池田美恵訳「ユークリッド 原論(縮刷版)」P62-78,141-142(1996・共立出版)

*佐藤徹訳「アルキメデス 方法」P34-39(1990・2,東海大学出版)

 



[1]仏語で「Methodus ad disquirendum maximum et minimum」,英語で「MAXIMA AND MINIMA」

[2]Cabri GeometryUは、Texas Instruments社の登録商標である