数学史上の測量問題を通した生徒の数学観の変容に関する一考察

−数学のよさを見直す立場から−

 

筑波大学大学院修士課程教育研究科

藁科 由紀美

本研究では、『九章算術』『塵劫記』『ヘロンの公式』を題材として、その当時の数学の様相を知ることによって生徒がこれまで捉えていた数学の認識を確認し、生徒が数学の認識を改めるような授業展開をした。そして、数学史を活用した学習から、歴史・文化としての数学観に関しての生徒の数学の認識と再構成を考察することを目的とした。課題として次の二つを設定した。1,測量問題を追体験することによる、数学と実生活との関係の捉え方の変容をみる。測量問題を追体験することによる、数学と歴史との関係の捉え方の変容をみる。2,課題1より、当時の数学の考察を通しての授業で、数学的な見方・考え方のよさが認識できたか否かを考察する。また,本研究では原典として『九章算術』『塵劫記』『Greek Mathematics WorksU』を用い,求積法の起源に焦点をあてた。研究授業過程では,お話的な授業で終わらないよう,数学における基本的な概念を深め,数学的見方・考え方のよさを生徒自身が考え,実際に追体験し,解釈することが必要となる。そのために,当時の実際に行った解法,数学の知識・技能・考え方の点も含め,社会歴史文化的視野で生徒に数学を感じてもらうことを目指した。例えばスクリーンと資料で当時の様子を示し、原典に関して,どういった書物なのか?を理解する。また,当時の面積の長さや大きさの単位についても理解し,これをふまえて当時の測量について考察させた。また,同時に,社会的背景を理解し,原典の問題を、自分なりに考えて解答させた。そして,原文と日本語訳により,自分の解法と比較させた。考察は,授業実践の結果,授業観察で記録したビデオと、授業で使用したワークシートの記述とアンケートに基づいている。分析した結果、歴史文化的視野における生徒の数学観の変容が見られた。まず,課題1に対しては,3日間を通して、数学を非日常的と捉えていた生徒も、日常生活に必要なもの、また日常生活と関わってきたもの、というように変容したといえる。また,日常生活に関係ないと捉えた生徒も数名いたが、ほとんどの生徒が数学を日常的なものであるという考えに変容したと考えられる。一方,数学を歴史とは関係ない、最近できたものと捉えていた生徒も、数学を歴史の中で位置づけて捉えたと思われる。数学史を初めて学習したことによる新鮮さと同時に、追体験そのものも印象的であったようである。原典を追体験したことによる感想からもそういう意見が多数見られた。生徒達は各自でその当時の数学を探求し、今まで捉えていた数学に対する認識を確認し、再構成を行ったようだ。そのことは、アンケートおよび感想、その他、授業の観察から考察できた。それらは数学そのものを捉え直すきっかけとなり、数学のよさを感じる一因になったと考えられる。

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