(題目)
幾何的思考に注目した授業に関する一考察―ギリシャ3大作図問題、立方体倍積問題を用いて―
(要約)
本研究は、幾何的であるギリシャ数学に注目した。公理論的数学の出発点であるといわれるギリシャ数学の特徴は、単に正しい答えが出る、実用に資するというのではなく、ある結果が正しい論理の積み重ねによって保証されるというプロセスに価値を認めた点にある。しかし、当時のギリシャ数学には、現代的な意味での記号や定義はなかったとされている。このことから、ギリシャ数学を用いて、現代の代数中心の発想を幾何的視点で捉える問題解決型授業が行えると考えた。そこで、教材にギリシャ数学「立方体倍積問題」を用いて生徒自身の解釈や活動(観察、操作、実験)を中心とした問題解決型授業を、高校2年生(1クラス生徒数42名)を対象に行った。下記の下位課題について、授業事前、事後のアンケートや授業を撮影したビデオをもとに、その授業の有用性を考察した。
課題1:生徒は、数学が人間の営みとして存在し、それにより発展してきたとする形成過程を認識できるか。また、現代と相対化するなど自分中心の数学観から脱却できるか。
課題2:生徒は、紙と鉛筆による計算中心の数学から脱却できるか。
課題3:生徒は、現代の代数中心の発想を幾何的視点で捉えなおし、数学に対する感覚的イメージや思考の幅を広げるか。
授業は、数学が人間の文化的営みとして存在した視点を提供する為、エドモント・ハレーの『原論』の表紙やプラトン全集の対話(『メノン』)を取り上げ、ギリシャ時代の状況を知ることから始めた。代数を用いずに幾何的に論理を積み重ねていくという当時と同じ状況の中で、生徒は、「平方倍積問題」から「立方体倍積問題」へと考察を進め、作図(問題解決)を行った。また、幾何的思考だけでなく道具にも注目し、取り入れた。コンパスや定木、紙、紐などを用いて、当時の状況に近づけるよう努めた。また、現代との相対化という点で、作図ツール(コンピュータソフト:カブリ・ジオメトリ(Cabri−GeometryU))やインターネットを積極的に用いた。この授業では模範的解答を作ることではなく「自分なりの意見を持つこと」「自分が活動(観察、操作、実験等)すること」を強調した。これまでの学習形態とは違う形で進めることで、既知のイメージ、知識に対する異なる視点を意識させ、数学観の再構成を促したいと考えた。
なお、今回の授業では、礒田(1987)や恩田(1999)の「一次文献を利用した数学史は数学自身の理解を深めるような議論を促すことに役立つ」、「真正の歴史資料である一次文献,そしてその時代の道具(言語表現,用具など)が解釈,吟味の対象にできる」という考えを支持し、一次文献を活用した自作テキストを用いた。
上記の課題に対して、ある生徒は「数学は図形が大切なんだと改めて思わされた。数学は数字と記号で解くほうが重要だと思っていたが図形を解くことも(が)大切であり、それを解くことで数学は発展していくのだと思った。」と述べ、形成過程の認識から現代と相対化するとともに、現代の代数中心の学習に対し、幾何的視点の重要性を再認識している。また、ある生徒は「今まで公式とか使うのを当たり前のようだったけど、この公式の背景には様々な人の苦労があったことがわかった。」と回答している。さらに「どのようなことからそのように変わったか」との質問には「今だと、コンピュータで簡単に作図ができるけど、昔は何もない中で、多くのことを考え、試行錯誤をして作図してきたこと」と述べている。彼は当時の状況や人間の営みの中から、数学が発展してきた過程をとらえ、現代と相対化して当時の苦労を感じている。全体のデータからも、紙と鉛筆による計算中心の数学から、それらのみではない数学へと脱却するなど、それぞれに数学観の変容が窺えた。ギリシャ数学を用いて、現代の代数中心の発想を幾何的視点で捉える問題解決型授業は有用であるといえる。
参考文献
(1)T.L.ヒース著 平田寛 大沼正則 菊池俊彦訳(1998)
「復刻板 ギリシャ数学史」共立出版 pp75〜163
(2)V.Frederick Rickey(1996)「The Necessity of History in Teaching Mathematics」
Via Mathematica 、Mathematical Association of America
(3)ハイベルグ編著 中村幸四郎他訳(1998)「ユークリッド原論」共立出版
(4)藤沢令夫訳「プラトン全集9」(1974)岩波書店 pp279〜291
(5)矢野健太郎「幾何の発想ギリシャ」朝日出版社 pp118〜126、173〜175