1.題目:文化としての数学学習に関する一考察
〜方程式の解の公式の歴史解釈を通して〜
2.目標:本研究の目的は数学学習に数学史を利用し、子ども数学史に直接触れることにより、数学に対するみかたを変え、数学が文化であると捉えられるようにする。その為に生徒に数学が身近で、多様な形、表現、をもち、人々の営みによって創造されたものであることを体感させる。ゆえに本研究では下位課題として、「数学が身近であること」、「数学の多様性」と「数学の創造性」を体感するような授業を行い、数学学習における数学史利用の可能性を考察することである
3.教材開発の工夫:近年の数学教育における解法の中心は代数的解法である。視覚的アプローチをしていた時代の数学に触れる事により数学が目に見える学問である事をまなび,立方体のモデルなどに触れることで、数学がより身近な学問である事を知るのに最適であると考えた。また,現在の代数的な解法とも比較し数学が多様的(解法,表現)であり,また二次,三次方程式の解の公式の成り立ちを知ることによりその創造性を追体験する事ができると考えた。以上から「ジャブルとムカーバラ」(アル=フワーリズミー)から二次方程式の解の公式に対する解釈、および「アルスマグナ」(カルダノ)から三次方程式に対するカルダノの公式。この2つの原典を取り上げた。但し,生徒が直接数学の歴史に触れられるように一次文献により近いものを利用し、自らテキストを製作し使用した。また,生徒に視覚的理解を与えるために紙とはさみ,発泡スチロールの立体のモデルを用いた。
4.授業概要:数学T履修中の生徒を対象に授業を行った。生徒の数学観を確認するため、事前アンケートを行い。三時間の授業を実施しその後,生徒の数学観の変容をみるため、事後アンケートを行った。授業の内容は,1時間目の授業で「ジャブルとムカーバラ」の二次方程式の解の公式に対する解釈を理解し、現在の解釈と比較した。2時間目の授業はアルスマグナより三次方程式のカルダノによる解法(以下カルダノの公式)を提示し、その証明を立方体のモデル(発泡スチロール)を使って生徒に解釈してもらい,3時間目の授業でカルダノの公式の証明を理解し、生徒に実際に3次方程式をカルダノの公式を使って解いてもらった。
5.研究の成果:今回の研究の課題は数学を文化として捉えることとし、その下位課題として「数学が身近なものであること」「数学の創造性」、「数学の多様性」を体感するという事であった。今回、2次、3次方程式の解の公式を扱うことにより研究目的を達成できたかどうかをアンケートの結果と授業後の感想をもとに考察する。
生徒の感想から、紙とハサミ、発泡スチロールの立方体を使った説明が分かりやすく、数学を理解することの手助けになったことが言え,また、生徒が実際に「数学が身近であること」を体感したといえる感想もあった。
最近の代数偏重の数学に対し図形による解法という物が新鮮だった為か、多くの生徒が「数学の多様性」について感想を述べている。また,『今・・・テストのためにしかたがないからやっていた。つまんない。意味が無い。アラビア人は、目に見えるように表して考えていたことを知った。今、自分達がやっているのは、公式に当てはめるだけだけど、図形にしてみると“X2+10X=39”の姿がみえた。アラビア人の考え方を知れてたのしかった。一つのことにもいろいろな考え方があった。』『数学には昔のやり方と今のやり方などたくさんあったり、図形から考えたりしたので、今までの公式を覚えたりするものという考えがちょっと変わり、面白く考え深い物だと思った。』これらの感想もやはり、数学の多様性についても述べているが、注目すべき点は、いままで、「公式は暗記するもの」という考えから「公式の成り立ちにも色々な考えがある」というようになった点である。「数学の多様性」を知ることにより生徒の数学観が再構築されたといえる。
『今まで数学は公式さえ覚えて数字を当てはめていけば答えが出ると思っていた。でも、その公式も古くから人々が考えてきた奥の深い物だと知った。』『数学のあの公式ができるまでにもいろいろな考え方があり、導かれた方法があり・・・そして、たくさんの解き方があるんだなぁと改めて実感しました。一つの解き方だけでなく。たくさんの解き方がある。公式を単に覚えるだけでなく、その公式の導き方にも注目したいと思う。』『アラビア人は頭の中で考えて理解しやすい解の公式を作ることができてすごいと思った。今は公式をただ暗記しているだけだったので、アラビア人の解法の素晴らしさを知った。考え方の面白さを知ることができてよかった。』これらの意見は数学の創造性についての感想と見ることができる。これらにもまた、「公式の暗記はするもの」から「公式の成り立ちにも注目したい」というように生徒の数学観が再構築されたといえる意見と見ることができる。
このほか、『初めて公式のできる過程に興味を持った。新しいことに挑戦することがどれだけ大変かわかった。』『公式が大昔の人が解いたのを知り、数学の公式はちゃんと解き方があったのをしって、数学をもうちょっと頑張って勉強しようと思いました。』『少々、侮っていたが、昔の人は頭がいいと思い知らされた。今日における数学の基礎は彼らの偉業の上に成り立っているとおもうようになった。』という感想もあった。上記の感想は数学に対する興味、関心が高まった、という意見であり。今回の授業は生徒の数学に対する興味、関心を高めることのできる可能性があると判断できる。
以上から今回の研究授業から「数学が身近であること」、「数学の創造性」と「数学の多様性」を生徒が体感することができたのではないだろうか。また、生徒の興味関心を高めることもでき、数学学習において数学史を利用し、数学を視覚的に捉えることは非常に有効であると言える。
伊東俊太郎(1987) 数学の歴史
現代数学はどのようにつくられたか 中世の数学 共立出版 p322〜375