9点円を生徒が発見する授業に関する一考察
〜数学史とコンピュータを利用して〜
筑波大学大学院修士課程教育研究科 竹谷 正
1 はじめに
「数学基礎」の(1)数学と人間との活動において、数学における概念の形成や原理・法則の認識の過程と人間や文化のかかわりを中心として、数学史的な話題を取り上げるとされている。数学史を用いることによって、数学者の営みに触れ、数学を文化としてとらえることにより、生徒が数学をより身近なものとして認識し、興味・関心を高めることができれば、生徒の理数離れの歯止めの1つとなりうるのではないだろうか。本研究では,9点円とその発見・発展過程を教材とし、その発見過程を類似体験した上で,歴史的過程に触れることによって,生徒の数学に対する考え方の変化を探ることを目的にした。
2 教材について
9点円には,フォイエルバッハの定理など,様々な美しい性質がある。カジョリ『初等数学史』1によると,幾人かの人々が独立に発見したものであるとされており、その後も多くの数学者の考察の対象となっている。そこで、本研究では9点円の持つ性質を生徒に発見させる活動を行ったあと、多くの数学者の考察の対象となったことを、文献を通して触れた。なお、本研究では一次文献として、Smith『 A Source Book in
Mathematics』2を用いた。また、9点円の探求に際し扱われる三角形の五心は、数学A「平面図形」の中で扱われている。吉田(1985)3は中学3年生に対して12時間かけ、9点円の定理について多様な角度から考察を行っている。本研究では授業時間の制約から、それらの考察のために、Cabri GeometryU(以下カブリU)を用いることにする。
3 授業概要 9点円の諸性質を、カブリUを用いて発見的に学習する。9点円の発見をめぐる歴史的な流れを理解することを目標として3時間の授業を行った。対象は中学校3年生1クラス45人であり、中学校の内容および、数学A「数と式」、数学T「2次関数」および「図形と計量」は既習であり、数学A「平面図形」は未習(履修しない)である。なお、授業を進めるにあたり、生徒の回答・感想に直接影響を与える発言をしないよう留意し、9点円の諸性質を生徒に発見させ、その後歴史的流れを示すという過程を取った。
「三角形のこころのふしぎの探求」
○カブリUの用法(1時間目)
三角形の外接円・内接円の描き方を考える活動を通して、カブリUでの簡単な作図ができるようにする。この際、三角形を変形し,どんな三角形でも外接・内接していることを確かめる。
○9点円の発見とその性質(2・3時間目)
外心・内心との関連性(3つの直線の交点となる)に着目させた上で三角形の重心・垂心・垂足三角形を導入し、カブリUを用いて、垂足三角形の外接円(9点円)の性質を発見し、9点円の定理のブリアンションとポンスレーによる証明(原典・Smith)を読む。
三角形の外心・内心・重心・垂心・9点円の中心の相互関係を発見する。
PC上にすでに作図してある図において、三角形の頂点を動かすことで,一般的な三角形において,これらの点の関係を発見する。
○フォイエルバッハの定理とその証明(原典・Smith前出)を読む。
・内容を深追いせず,前出の諸性質を証明を順にすることでフォイエルバッハの定理の証明がなされていることに着目。9点円をフォイエルバッハの円ともいうことにふれる。
○9点円発見の歴史(カジョリ『初等数学史』)を読む。
・多くの数学者の考察の対象となり,何度も再発見された点に着目させる。
4 結果・考察
授業の感想から、当時の数学者の視点を通して、図形のもつ不思議さの認識に関する回答が見られた。
問2では、カブリUを発見活動の手段として用いたが、
・神秘的。でも昔の人はどうやって発見したのだろうと思った。パソコンがないと,絶対にできないと思った。数学は奥が深いものだと思った。
など、自らの体験に基づき、当時の数学者の発見の大変さも見出している。以上のことは、次の生徒の問2に対する回答に見ることができる。
・今まで,私はこのような性質があったなんて,知りませんでした。昔の人はパソコンがないのに,発見することができたなんて,そうとう頭の良い人たちなんだと思った。発見したときの楽しさを知ることができました。
問2の回答として、図形に対する興味や関心の高まりのほかに,数学の歴史を通して,数学のおもしろさを捉えなおしたり,数学の発見のよさを感じている。また,コンピュータを利用したことによって,当時のなされた発見の凄さを感じた生徒も多かった。
・図にかくとわからないことがコンピュータだと一瞬にして図形が動くのが面白かった。ただの3つの点や線の組み合わせだけで9点の性質のような不思議な性質ができているなんですごいと思った。今回の発見のように今,私たちがあたりまえのように使っている定理を昔の人たちは長い時間をかけて発見している,と思うと"数学"というものも歴史があるのだな−と思う。
この授業を通して変わったと思う点を自由記述で書かせたところ、数学を自ら発見することによってそのよさを感じた生徒や,数学=暗記というイメージからの脱却が図れた生徒もいた。また,それらの理由として,コンピュータを用いて実際に動かしてみたからという生徒も多かった。
問1において、図形の性質に関しての回答は、予想された範囲の回答であった。本研究では、その性質の探求にあたっては、カブリUを用いたが、高島(2000)4は、数学史教材に対するコンピュータの役割として、時間・内容的に再現が困難な場合のコンピュータ活用により理解に必要な時間の短縮ができると指摘しているが、本研究のカブリUを用いた活動では、大幅に時間を短縮できた。一方で、9点円のもつ性質を発見することに焦点をあてたため、証明はSmithの文献のどこにあるかということに触れるにとどめた。吉田の研究では最終的に定理の証明がなされており、生徒の「証明とかはできなかったので,本当に発見したとはいえないが、楽しかった。」との指摘もあった。問2の回答からはコンピュータを用いて容易に体験がなされたために、当時の数学者の発見のすごさがより強調されたと考えると、本研究のカブリUの利用は生徒の図形の認識において妥当であったと考える。
この授業を進めるにあたっては、9点円の諸性質を生徒に発見させる活動のあとに、それらを一次文献(Smith)との対比させ、9点円発見の歴史的流れ(カジョリ『初等数学史』)を読むという方法をとった。これは、本研究で用いた一次文献(Smith)が、定理の発見者の簡単な紹介と定理の証明が主であり、歴史にはほとんど触れられておらず、それを補完する必要があったためでもある。よって、不明確な当時の数学的・時代的背景や当時の数学者の考え方の話題をせず、生徒の回答・感想に直接影響を与えないよう留意した。このため、9点円の発見の活動と、その結果である歴史がうまく結びつくかが、この授業における問題点でもあったが、生徒の回答を見ると、一次文献(Smith)が、体験と歴史の橋渡し的役割をうまく果たしたといえる。また、9点円発見の歴史的流れ(カジョリ『初等数学史』)を読んだことによって、
・昔の人が調べていたから,本当にそうなのかという疑問が出てきて,自分でそれをちゃんと証明できるようにするため,いっぱいの人が研究した。(問1回答)
のように、数学者の数学に対するあり方についての一端までも考えさせることができたといえる。よって、この授業のような、生徒の活動を先行させたあとに数学史に触れる方法は,有効であったと考える。
6 おわりに
本研究では,数学的事実が発見・発展される歴史的過程について、体験活動を通して触れることにより,生徒の数学観の変容を探ることを目的とした。その結果,数学に対する興味・関心が深まる生徒や,数学が暗記中心であるなどのこれまでの考えからの転換が進む生徒など、変容を見出すことができた。また、体験活動のためにカブリUを用いたが、その便利さの中に当時の発見の凄さを見出した生徒も多かった。一方、今回の授業では、当時の数学的・時代的背景や当時の数学者の考え方について直接話題にしなかったが、問1,2については、当時の数学者の在り方などを、生徒の間で議論することにより、更なる変容の深化をはかることができたのではないかと考えられる。
引用・参考文献
1 小倉金之助補訳(1960) カジョリ初等数学史下近代 共立出版 pp392−393
Florian Cajori(1991) A History of Mathematics 5ed Chelsea Publising
Company pp297-298
2 David
Smith(1959) A Source Book in Mathematics Dover Publications pp337-345
3 吉田稔(1985) 算数・数学教育実践講座第12巻 ニチブン pp101−122
4 高島由順(2001) 高校数学における数学史に基づいた教材作成の視点 第33回数学教育論文発表会論文集 日本数学教育学会 pp83−88