方程式の歴史原典解釈による文化的営みとしての数学学習
1,研究の意図・目的
平成10年告示の学習指導要領解説の中学校数学科の目標には,「数学的活動の楽しさ」という文言が盛り込まれた。数学的活動は人間の活動であり,数学は人間の文化と考えられる。筆者は,数学を文化的営みであるという視点から捉えた数学史の指導の実践例として「方程式の発達」を教材として取り上げ,原典を用いてその当時の方程式の表記と解法を解釈し,追体験することによって,生徒の数学観の変容に貢献できるか考察していく。
2,研究の内容
紀元前23世紀頃のバビロニアから,紀元前4世紀頃のギリシア,9世紀頃のアラビア,16世紀頃のヨーロッパの数学についての方程式に関する記述(原典として,ユークリッドの「原論」,アル=フワーリズミーの「ジャブルとムカーバラ」,カルダノの「ARSMAGNA」,ヴィエタの「Francisci Vietae Opera Mathematica」を用いる)を取り上げ,そして,方程式の解法だけでなく方程式の表記にも注目できるように教材を開発した。また,一次文献を通して「どのような数学がそこに記されているか?数学はどのような考え方を尊重する人々によって生み出されたのか?自分が学んできた数学との違いはあるか?(礒田.2002,序章)」について生徒が解釈できるように,その当時使われているそのままの言語表現を使うこととした。私立中学校3年生(2クラス90名)の生徒を対象に3時間の研究授業を行い,授業前後でのアンケートと授業毎のアンケートより,生徒の数学観がどのように変化するかを調べた。指導目標は,原典解釈を取り入れた「方程式の発達」を教材とした授業を通して,数学は文化的営みであること,そして先人達は方程式幾何的に捉えていたということを理解できるようにすることである。
3.研究のまとめ
「方程式の発達」について教材化し,原典解釈を取り入れた授業実践を通して,生徒は,数学は文化的営みであることを理解し,数学を発展的に捉えることができたと考えられる。これは,方程式の発達について古代バビロニアから,16世紀ヴィエタまでを取り上げ,方程式の解法の発達とともに,方程式の表記法の発達についても考えたからであると思われる。また,現在学んでいる数学の位置付けを理解し,過去と現在の数学の両方の存在価値を見出し,数学に対して興味・関心をもつ生徒も見られた。これは,原典を解釈し,生徒自身が当時どのような数学が行われていたかを考え,当時の数学と現在の数学を比較したからであると思われる。また,方程式の解法の幾何的説明を知ることによって,図で表すことの大切さを理解し,公式などの成立理由を図を用いて考えようと数学学習に意欲的に取り組もうとする生徒も見られた。このように,生徒の数学観を変容を促す方法の一つとして,数学史を活用した授業が有効であることが示された。そして,その方法として原典解釈を用いることが数学は文化的営みであるということを理解する上で有効であると考えられる。また,これは選択教科としての数学の教材の一つとして取り上げることもできるのではないかと考えられる。
(参考文献)
・中村幸四郎(1996).ユークリッド原論縮刷版.共立出版.P128
・伊藤俊太郎編著(1987).数学の歴史現代数学はどのようにつくられたか 中世の数学.共立出版pp322‐375
・Cardano ARSMAGNA
・Joseph E.Hofmann(1970).Francis Vieta Opera Mathematica.GEORG OLMS VERLAG HILDESHEIM・ NEWYORK.p.129
・礒田正美編(2002).課題学習・選択数学・総合学習の教材開発〜数学する心を育てる〜.明治図書.序章