要旨
<ディオファントスの代数記号を用いた授業>
1 はじめに
現在、「数学嫌い」に関連して、生徒の数学観の育成が求められている。数学における異文化体験が生徒の文化的視野を覚醒させるという立場のもと、数学史上の原典を利用し、生徒の数学観の変容を求めた授業については、様々な報告がなされている。しかし、その際生徒に必要とされる数学的知識は高校生程度の知識を仮定しており、真に中学生を対象とできるものは少ない。
そこで、本研究では、今まで題材として取り上げられなかった古代ギリシャ時代の代数記号を用いて、それに関する一次文献を利用した授業を行い、生徒の数学観の変容について考察する。特に、歴史的な視点によって生徒自らのもつ数学に対し、新たな価値付けができるか、数学が発展するものであるという理解を得られるかを課題とした。
2 研究の方法
原典として、Greek Mathematics Works U、The Greek Anthologyをとりあげ、教材を開発した。そして、附属中学校2年生(2クラス・計81名)の生徒を対象に、2時間の研究授業を行い、授業前のアンケート、授業中を撮影したビデオ、授業後のアンケートによって、生徒の数学観の変容を調べ、考察した。授業における指導内容は、@幾何学の方程式への利用、A数値的方法で解を求める、Bディオファントスの用いた代数記号とその解法を解釈する、である。ディオファントスの著書「Arithmetica」に記された問題を2時間一貫した問題として提起し解き方の違いを強調した上で、特に@とBについては当時のギリシャ人になったつもりで、その問題を解釈することに重点を置いた。
3 おわりに
「普段当然のように使っているものも、初めからあったわけではなく必ず誰かが考え出し、作り上げたものであることがわかりました」という生徒の事後アンケートの回答から、古代ギリシャ時代に存在した記号を知ることを通じ生徒は数学が人々の創造所産であるとの新たな価値付けを行っていることが伺える。また、「本当に今、x、yが使われていて良かったと実感しました」という回答から、生徒は今まで抱いていた数学に対する自文化との比較の上で、現在の数学に対して新たな価値付けをしたことがわかる。
同様に事後アンケートから「昔から数学は進化して今に至っているんですね・・・。」という回答を得た。これはギリシャ時代の中で数学がどのように変化したのかということを学び、文字を使うという今に近づいた考え方をするようになったという生徒自身が得た解釈であることが伺える。また、「人々の苦労によって数学の基礎ができたんだ・・・」という回答から、生徒が数学の中に人の営みを見出していることも伺うことができる。
このような考察の結果、数学史上の原典を利用した学習指導が、生徒の数学観に影響を及ぼすことがわかった。