原典を利用した文化的営みとしての数学指導
〜パスカル・ライプニッツの計算機を題材として〜
筑波大学大学院修士課程教育研究科
島竹 里枝
研究目的
本研究は、数学指導に数学史を用いることによる生徒の数学観の変容について検証するものである。IEA(国際教育到達度評価学会)【1】の調査から、我が国の児童・生徒は国際的に比較して数学は生活に必要であると感じていないと読み取ることができる。これに対して、筆者は数学を入学試験のためにだけ必要で、日常では使わない学問であると思っている生徒が数多くいるからではないかと考える。数学は人間の文化的営みや様々な活動と関わって発達してきた学問であるといえる。礒田(2001)【2】が指摘するように、数学をその数学が使われていた文化、時代の文脈において解釈することで、今生徒が学んでいる数学に対しての見方や考え方に変化が生じ、数学を学ぶ必要性を見出せるのではないかと筆者は考える。そして、数学を人間の営みとして認めるようになるための方法として、数学史を教材として扱うことが有効なのではないかと考える。
本研究では数学史を用いた教材による数学指導において、生徒が数学と人間の文化的営み・社会生活とのかかわりを認識し、数学に対して興味・関心を持つようになるかを明らかにしていく。
研究方法
「計算機のはじまり」を題材として利用し、原典を用いたテキストを開発する。これは、礒田(2001)【3】が述べる解釈学的営みの視点から、原典や道具の解釈を通じて文化を読み取り、また数学を人間の営みとみなすことのきっかけとなるように開発した。原典として、『LETTER
DEDICATOIRE AMONSEIGNEUR LE CHANCELIER』【4】と『Machina arithmetica in que non additio tantum et subtraction sed et
multiplicatio nullo,divisio vero pane nullo amini labore paragantur』【5】を用いた。前者により17世紀当時の計算方法やパスカルの計算機について、後者によりライプニッツの計算機をそれぞれ導入した。そして、この教材を用いて授業を実践し、授業前後のアンケート、授業や生徒の様子を撮影したビデオなどをもとに、生徒の数学観の変容を観察・分析した。
考察・結果
考察の結果、本研究で取り上げた数学史を用いた授業によって、生徒は数学を社会とのかかわりから捉え、同時に、数学の面白さを再確認し、興味・関心を持つようになったということがわかった。このことは、2003年度から新設される「数学基礎」において、数学史の学習が有効であるとするひとつの示唆を与えているといえる。
【参考文献】
【1】国立教育研究所紀要 第129集「NIER<学力を考える>(1999〜2000)」国立研究所pp.
43−77
【2】礒田正美(2001)「世界の教育課程改革の動向と歴史文化思志向の数学教育−代数・幾何・微積For
Allプロジェクトの新展開−」筑波大学数学教育学研究室pp.95−98
【3】礒田正美(2001)「数学的活動論、その解釈学的展開」、第34回日本数学教育学会論文発表会論文集pp.223−228
【4】Pascal.Texte etabli,presente et annote par Jacques
Chevalier(1954)、OEuvres completes,Gallimard
【5】D.J.Struik(1969)「A source book
in mathematics」,Harvard University Press pp.173−181