要旨

筑波大学教育研究科  大西 直

本研究題目

身近な事象の数学化についての授業研究 −透視図法とアナモルフォーズ画法を用いて−

1.はじめに  
  本研究において、磯田(2002)のいう解釈学的営みに基づき、透視図法とアナモルフォーズ画法の教材化及びその実践を行った。研究目的、研究方法は以下の通りである。

2.研究目的・研究方法

研究目的
  生徒が「事象を数学的に考察し処理する能力を高め、数学的なものの見方や考え方のよさを認識」できること、また、原典の解釈を通した「異文化」と数学化を通した「自文化」を比較することで、自らの数学文化を自覚し、その数学文化に対する価値観が変容することを目的とする。ただし、「原典」とは翻訳文献までを含めることとする。

研究方法
  以下の下位課題を設定し、ビデオ及び生徒へのアンケートを基にこの下位課題が達成されたかどうかを判断する。
@身近な事象として芸術の一分野である透視図法や、その逆法としてのアナモルフォーズ画法を取り上げ、それに内在する事象を数学 化することを通して、生徒が事象を数学的に考察し処理する能力を高め、数学的なものの見方や考え方のよさを認識することができ るか。
A当時の人が用いた「作図」や「道具」による解法と、数学化の結果導かれる「関数」による解法を比較することによって、生徒の「関数」に 対する価値観の変容が見られるか。

3.透視図法とアナモルフォーズ画法の教材化
 1時間目では、現実に見える世界をどのように描くか、また、そこにはどのような数学が内在しているのかという視点から、アナモルフォーズの考え方のもととなる透視図法についてのテキストを開発した。原典として、レオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonardo Da Vinci)の「パリ手稿」とアルブレヒト・デューラー(Albrecht Durer)の「Unterweysung der Messung(測定法教則)」を取り上げた。ダヴィンチの「パリ手稿」を解釈するに当たっては、実際に教具を用意することでダヴィンチの考えに想いを馳せられるよう配慮し、「異文化体験」をすることをねらいとした。デューラーの押絵からは、道具によって透視図を得る方法を学習した。
 2時間目では、透視図法の逆法としてのアナモルフォーズ画法を教材化した。アナモルフォーズにはダイレクトアナモルフォーズ(直接絵図が見えるもの)と、反射光学的アナモルフォーズ(鏡を媒介として間接的に絵図が見えるもの)があり、本授業では前者から台形アナモルフォーズを、後者から円すいアナモルフォーズを取り上げ、「正像からアナモルフォーズを得るためには目盛りをどのようにとればよいか」という問いを設定することによって、P.アコルティJ.F.ニスロンから作図による方法を解釈し、また、その画法に内在する事象を数学化することで、関数を導いた。
 2時間目を受けて、3時間目では、ミッシェル・パレ(Michelet Parre)が考案したパンタグラフを教具として用意した。道具を用いた場合においては、アナモルフォーズを描くために目盛りを求める必要性がないことを認識し、2時間目と合わせて、作図による方法、関数による方法、道具による方法をそれぞれ比較し、それぞれのよさ・悪さを認識できるよう配慮した。その結果、「自文化」としての「関数」に対する価値観が変容することを期待した。

4.授業概要
  報告書、スライド、テキスト等を参照。

5.結果と考察
下位課題@について
 生徒の感想から判断すると、日常に潜む事象を数学化したことで、数学的なものの見方や考え方のよさを認識したと言える。したがって、下位課題@は達成されたと判断できる

下位課題Aについて
 
事前・事後アンケートより、関数に対してのイメージが否定的に変容した生徒は全体の5%、肯定的に変容した生徒は全体の27%で有意差はあったが、関数に対するイメージが変容しなかった生徒は66%と大多数を占めた。その生徒たちの多くが、「関数が身近な事象を表すことができると分かったが、やはり難しい」という感想を述べていることから、授業で用いた関数がこれほど難解でなければ関数に対してよいイメージを持つことが出来たのではないかと思われる。


参考文献
・磯田正美(2001).異文化体験からみた数学の文化的視野の覚醒に関する一考察−隠れた文化としての数学観の意識化と変容を求めて−,筑波数学教育研究,20pp.39-48
・磯田正美(2002).解釈学からみた数学的活動論の展開.筑波数学教育研究,21,1-10.


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