音階の作り方にみる数学

〜ギリシア時代の道具、MESOLABIOを用いて〜

要約

1、はじめに

 数学のよさを生徒に伝え数学を学ぶ意欲を高める授業が必要である。そこで本研究では、数学の良さ、数学を学ぶ意味を生徒に伝えたいという考えの下に、「他者の認めた良さを味わうためには、他者の立場になって考えてみる必要がある。」(礒田・土田2001、p.8,9)つまり、数学を生み出す活動は人によって営まれるため、数学のよさを生徒に伝えるためには生徒が当時の人々の営みを追体験する必要がある。ということ、また、「共感と教訓を導く原典解釈機会を取り入れるならば、解釈学的営みを通じて、生徒は自らその数学内容とそれを生み出した人間とのかかわりを知る活動に取り組むことになる。」(礒田2002,p.8)といった視点から授業に音階という身近なものの原典を用いる。
音楽史を扱った先行研究として佐藤(2001)が挙げられる。佐藤は研究の意図として、他教科との関連からの数学の文化的視野の覚醒を挙げている。本研究と先行研究における共通点として、Mesolabioを使った平均律を扱うということがある。先行研究との相違点としては、先行研究では高校2年5名を対象としたが、本研究では対象を中学第3学年2クラスに設定した。このため、先行研究において達成された文化的視野の覚醒が、より現実の教室に近い状況で達成できるか否かを明らかにする。
また本研究では平均律の構成の際にMesolabioという道具を実際に使うことを活動として取り入れた。先行研究では図を用いることや、Cabri GeometryUを用いて動きを解説することにとどめてあったため、礒田(2003,p.249)の、「道具を実際に利用してみることで、人は、その道具の開発者・利用者がなぜそれを用いたのか、彼らが実際どのように考えたのかを知るきっかけを得ることができる。」また、「貴重な遺物(道具)は、丁寧に扱われなければならないため、触れることはできない。経験の大切な部分、つまり道具を使ってみてはじめてわかる見たり触ったりという感覚によるフィードバックが教師にも生徒にも難しい。教室においてこれらのコピーを扱うことでも、触れるということは役に立つ。」(History in Mathematics Education.2000,p.343)といった視点から、実際に道具を用いることで、この道具が当時の人々の営みを追体験することにおける手助けになるか否かを明らかにする。

2、研究目的・研究方法

研究目的
 音楽史の中で数学が活かされてきた事実を、一次文献の解釈を通して追体験をすることにより、生徒の数学観の変容が見られるかを考察する。またエラトステネスの道具を使って考えることで、数学を人の営みとして理解できるかを明らかにする。
研究方法
 音階を題材とした相似に関するテキストを開発し、それを用いて授業実践を行う。そのため、以下の課題を設定した。そして、授業前後のアンケート、ビデオによる授業記録に基づき考察する。
課題1:数学史を用いた授業を通して、生徒たちは数学を人の営みとして捉え、数学の必要性を感じられるか。
課題2:実際に道具を用いて考えることが課題1の達成の手助けになるか。

3、おわりに

 本研究では、「音階はどうやって作られているんだろう?」という問いかけから、音楽史と数学史を用いて見ることにより、さらにMesolabioを道具として用いることで、生徒の数学観に変容が見られた。音楽についてはアンケート調査にも、苦手、嫌いなどの意見もあった。今回の授業では転調や音と弦楽器の仕組みなど音楽的な内容が含まれており、なるべくわかりやすいように実物を用いたり、転調のわかりやすい音楽を聞かせたりしながら説明をしたが、そのために時間がかかってしまった。先行研究では対象が高校2年5名であったが、本研究では中学3年2クラスであり、さらに時間数も先行研究と比べて少なかったため、授業内容としてはクラス全員が授業に参加できようにするためにも生徒の活動を先行研究と比べて減らす必要があり、かなり絞られたものになった。しかし生徒の感想からも、数学を学ぶ価値に対する変容が見られたため、音楽史の一般教室における数学の授業への導入という点においても今回の授業は有用であったと考えられる。


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