要約
研究題目 和算と天元術を用いた実践研究−証明観の変容に注目して− 1.はじめに 「数学は暗記である」「数学は機械的な作業である」といった信念を持つ生徒は少なくない。このような現状に対し、本研究では、事象の原因や理由を探求し、命題を証明することの価値や必要性を再認識することを主題とし、実践を行った。 2.研究目的・研究方法 ・研究目的 『数学乗除往来』『古今算法記』『算法天元指南』などの原典解釈と、当時数学を学んでいた人々の営みの追体験を通して、数学観、特に証明観の変容を計ることを考察する。 ・研究方法 以下の下位課題を設定し、ビデオ及び生徒へのアンケートを基にこの下位課題が達成されたかどうかを判断する。 @ 江戸時代の日本における数学の原典解釈と追体験を通して、生徒が学んできた数学との関わりや違い、共通点を認識することができるか。 A 数学が歴史的に発展してきたものであり、しかもギリシャをはじめとしたヨーロッパ圏だけでなく、他の地域でも発展してきたものであることを認識し、数学への興味・関心を高めることができるか。 B 物事の原因や理由を探究し、命題を証明することの価値を再認識することができるか。 3.和算と天元術の教材化 今回,和算と天元術を教材化するにあたって、宋の朱世傑が著した『算学啓蒙』が日本において復刻され,天元術が理解されるようになった江戸時代初期に焦点を当てた。それまでの和算においては、古代に中国から伝来した算木を計算器具として用いていたが、未知数を用いて方程式を立てるという考えはなかった。対して天元術とは,「天元の一」を立てて求める数として,与えられた条件を用いて、現代の方程式に相当するように算木を算盤上に配置することである。決められた手順に従うと、正の解のみであるがこの方程式を解くことができる。天元術の伝来は後に関孝和の傍書法に繋がり、ここから和算独自の数学を形作るに至る。江戸時代初期は和算にとって一大転機であり、この時代に焦点を当てることによって、数学が歴史的に発展してきたもので、しかもヨーロッパ圏だけでなく、アジアにおいても発展してきたものだと認識し、数学への興味・関心を高めることができるのではないかと考えた。 また、「1.はじめに」で記した通り,『算学啓蒙』を含め当時の数学書には,解き方の手順は記されているのだが,手順の理由や証明についてはほとんど触れられていない.本研究において原典として取り上げた『数学乗除往来』『古今算法記』『算法天元指南』も同様であった.何らかの理由で純粋に解き方のみを知りたいという場合には事足りるのであろうが,この理論をよりよく理解し,他に応用し,また発展させようと考えた人々は,相当苦労したのではないだろうか.今回は,この「苦労」を追体験できることを目指して教材化した. 4.授業概要 報告書・スライド・テキスト等を参照 5.考察 ・下位課題@について 調査票での生徒の回答には、和算と現代数学の共通点を挙げたもの、和算のよさと現代数学のよさを挙げたものが見られ、江戸時代の日本における数学の原典解釈と追体験を通して、生徒が学んできた数学との関わりや違い、共通点を認識することができている。 ・下位課題Aについて 未知数・方程式に相当する概念が日本に広まり、和算が一大転機を迎えた江戸時代初期を取り上げた授業によって、生徒たちは数学が歴史的に発展してきたという認識をもったことが、調査票から見られる。また、和算のレベルが予想以上に高いことに驚き、ヨーロッパ圏以外の地域にも数学があったことを認め、数学への興味・関心が高まったことが見られる。 ・下位課題Bについて 今回の授業では敢えて、所謂「手続き先行、意味欠落」の授業を展開し、最終日の最後に、その手続きの持つ意味や理由に触れた。「手続き」の説明に終始している間には、「なんで?」「どうして?」といった生徒たちの声があがり、証明のない数学という異文化に触れて、葛藤している様子がうかがえた。その葛藤の中か、物事の理由や証明、またそれらを探究することの価値を再認識することができたことが、調査票から見られる。 |