要約
筑波大学大学院教育研究科 本福陽一
本研究題目
道具を用いた数学的活動による実践研究 ―計算尺を題材として―
1.はじめに
本研究は、数学学習において数学史や文化的価値を備えた道具として計算尺を取り上げて教材化し授業を実践することにより生徒の学習観の変容にに貢献できたことに関する研究である。以下、研究目的と研究方法を示す。
2.研究目的・研究方法
研究目的
道具の操作による数学的活動に取り入れた授業を通して、数学への興味・関心を一層喚起するとともに、数学を人の文化的営みとして捉えることにより、数学学習における数学史の利用が生徒の数学観の変容に貢献できることを考察する。
研究方法
@数学史の原典解釈や追体験を取り入れた授業を通して、計算尺を操作する数学的活動により、数学に対する興味・関心を高めることができるか。
A生徒が原典解釈と追体験により、数学が人の文化的営みとして発展してきたものであると捉え、数学の創造的な側面を見出すことができるか。
3.計算尺を用いた数学的活動の教材化
計算尺は、1970年代に電卓が台頭するまで日本では広く普及していた。計算尺を用いることにより、乗除をはじめ、体の換算や平方・平方根などさまざまな計算の値もしくは概算値を求めることができる。計算尺にはこれらの計算器としての道具という側面のほかに、歴史上の文化的な価値を備えた文化財という側面も兼ね備えている。本研究ではこの計算尺の二面性に着目して教材開発を行った。
計算尺の歴史は15世紀から17世紀初頭にかけての大航海時代にまでさかのぼる。大航海時代において、天体の位置を手がかりにして天文航法によりあらかじめ定められた航路にしたがって船を進めていくために、7桁にまでなる天文学的な数の計算をできるだけすばやく行う必要があった。安全な航海をするために計算器が必要となり、そのような生活上の必要性から計算尺という道具が考案されたのである。考案者については諸説あるが、ここではイギリス人牧師William
Oughtred(1574-1660)を取り上げる。
また、計算尺の仕組みを説明するためには、対数概念が必要不可欠である。大航海時代において、航海上の必要性から、乗除を中心とする計算がいかに簡単に求めることができるか、ということが主要な問題であった。この問題に大きな解決の糸口を与えたのがスコットランド生まれのJohn
Napier(1550-1617)と呼ばれる人物である。彼は、積を和に変換する発想のもとで、対数概念の構成に成功した。
授業では、1時間目は実際に計算尺を利用することにより興味や関心を引き出し、2時間目はNapierによる対数概念を原典解釈により追体験し、3時間面には計算尺が計算器としての役割を果たすことを数学的に説明する活動を行った。
4.計算尺の数学的解説
報告書を参照。
5.計算尺を用いた数学的活動の授業概要
報告書、スライド、テキスト等を参照。
6.結果と考察
課題@について
はじめから対数に着目するのではなく、人間の営みとして用いられてきた道具としての計算尺の中にある数学を感じ取ることができるように工夫した。授業では、生徒は今まで見たことも使ったこともないような計算尺という道具を操作することにより、自分自身に対して、「これはいったい何だろう?」という問いを投げかけていることが観察された。その問いこそ数学に対する興味・関心といえる。以上より、課題@は達成されたと判断できる。
課題Aについて
授業を受けた生徒の感想から、生徒の数学に対する創造的な側面を体得できたことがわかる。対数が人の文化的営みとして発展してきたと認識することができた。生徒は対数と計算尺に関する原典解釈と追体験によって異文化体験を行うことにより、数学の数学史としての側面を認識し、数学が人間の営みとして発展し、さらには、数学的な見方や考え方のよさを体得できたといえる。以上より、課題Aは達成されたと判断できる。
参考文献
礒田正美(2001).異文化からみた数学の文化的視野の覚醒に関する一考察―隠れた文化としての数学観の意識化と変容を求めて―.筑波数学教育研究,20,39-48.