重差術を用いた授業研究 ―中国の数学原典「海島算経」を通してー    筑波大学大学院修士課程教育研究科  黄 秀蘭


〜要約〜
 本稿では、中学生を対象とした授業において、中国の秦漢時代に発展した数学による重差術を扱った結果と考察を述べる。歴史の視点から当時中国人の数学の知恵を学ぶことで生徒の数学観に与える影響・変化を考察した。また、今回の授業では、海島算経を使うことにより、生活の中の身近なものを使って大自然の中に数学がさまざまな形で潜んでいる事を生徒に示した。


 授業実施時期
2004年12月


 学習指導要領との関連
中学校1年 「比例、反比例」
中学校2年 「円の性質」
中学校3年 「三平方の定理」
高等学校 数学T 「図形と計量」
高等学校 数学基礎 「数学と人間の活動」

 既習事項
相似な三角形の線分比

 指導可能学年
中学3年生〜


1・はじめに

 教師主導の教え込み的な授業では、生徒は自ら考えようとせず、受身的に内容を受け入れる生徒がたくさん存在する。したがって、数学の学習は、試験のためであると生徒は思いがちである。このような状況を省みて実際に生活の中で数学がどのように応用されているか生徒が自発的に意識できるような数学教育の大切さを感じる。 中学校学習指導用領(1999)では、「各領域の内容を総合したり日常の事象に関連付けたりした適切な課題をも設ける」と授業の内容を充実し、日常生活に役立たせる数学的活動を図ることが掲げられている。本稿では、その試みの端緒として、中国で使われていた数学を通し、その実践的な可能性を検討する。また、数学の原典を勉強し、数学の歴史を学ぶことで、生徒が数学に対する見方・考え方を再認識でき、勉強の意欲を引き出すことを目指す。


2・研究目的・研究方法

2.1研究目的
 中国の数学原典を通し、当時数学が活かされていた事実を取り上げた。歴史的な道具と現代の筆算を併用しながら古代の数学問題を解く授業を行った。道具を用いてその時代を追体験することで、数学の過去・現在に存在する真意を再考し、数学はいかに変化したかをするものである。数学に対する興味・関心を一層喚起するとともに、数学観の変容を考察する。 上記の目的を達成するため、以下の課題を設定する。

課題1:中国の数学原典を用いたことで、生徒の数学に対する見方・考え方の変容が見られるか、数学への興味を高めることができるか。

課題2:課題1を通し、数学の原典《海島算経》と追体験をし、身近なものを使っての数学の解きかたを学習することで、生徒は数学がいかに生活において大切かを実感する事ができるか。


2.2研究方法
  中国の数学原典「海島算経」に基づき、当時生活に応用されていた方向や時間の測量術といったあらゆる生活事象に関する数学を探り、それらを授業に取り入れる。また、歴史的な書物を参考にしたテキストと道具を開発し、それを用いて授業実践を行う。


3・重差術の教材化

  今回、重差術を教材化するにあたり、三国時代(凡そ紀元後2世紀)の劉徽が著した《海島算経》に焦点を当て、また、漢の時代(凡そ紀元前2世紀)から流布されていた《九章算術》を参考にした。 《海島算経》を用いたことで、当時の中国人は、身近なものの木、金属とかで日時計のような功能をこなし、違うところで影を測り、影の長さの変化により、重差術の計算をして山や谷の高さ深さを求めたとわかった。 《海島算経》の中では、9つの数学問題しかないが、二時間目に一問を取り上げ、三時間目には二問という割合を設定し、生徒に計算させた。海島算経の原典では、文字のみで質問と答えと解き方を示した。図が載せられていないため生徒にはやや難解であると思われた。そこで、生徒に取り組みやすくするため簡単な図を用意した。生徒が質問の文の意味を読み取り、一歩ずつ自ら図の完成をしていかなければならないよう図の構成を工夫した。


4・授業の概要

〔一時間目〕
 授業内容: 漢字の原型から秦漢の歴史に入る。中国の数学において、計算するのに使用した道具の算木とそろばんの使い方、また、文字と数字のつながりを紹介する。重差術の源流と意味を紹介する。

〔二時間目〕
 授業内容: 作図を行うために、古代の中国で使ったコンパスと矩さしがね(直角を書く道具)に似せ、作った教材を生徒に提示した。それらの使い方を認識させ、影の原理を用いた重差術の計算に取り組ませる。また、影で方向を判断する方法も紹介した。

〔三時間目〕
 授業内容:二時間目の勉強を復習した。さらに影の原理を使っての時間の測り方も紹介した。昼間には、影で時間を判断できるが、夜になると、当時の中国人は線香、ろうそく、敲鑼(鑼という楽器をたたく)で時間を判断したと伝われてきている。それらを簡単に紹介し、また重差術応用の問題に取り組む。


5. 考察

(1)課題1に対する考察
 アンケートの一部の回答より、生徒が今回の授業を受け、数学の原典を用いたことにより、数学への興味が高まったと示した。数学の原典を用いたことで、数学の考え方・見方が変わったと読み取れる。生徒は数学の勉強が数学の式を計算するだけではなく、歴史や文化もその中に潜んでいるということに気づいた。

(2)課題2に対する考察
 アンケートの一部の回答から、生徒は、日常生活の中で、単に買い物をするだけではなく、自分の思考に力をつけることも、各々の事象に応ずる準備においても、数学は様々なところで使われていると感じるようになっている。数学は実生活において大切だと認識することができたと読み取れる。


6. 終わりに

  本研究では、中国の歴史・数学史と、それにかかわった計算の道具を使い、生徒が数学への興味・関心を引き出すとともに、数学観の変容をはかることを目的とした。授業の中に数学に自発的、能動的に取り組ませる活動を入れ、数学の実用性を伝えようとした。今回の体験は生の体験だったため、私には非常に興味深く、また参考になった。これからのさらなる研究に役立てたいと思う。


参考文献

1. 鳥山喜一(1972).中国小史:黄河の水.角川書店.
2.塚原久美子(2002).数学史をどう教えるか.東洋書店.
3.劉徽・李淳風注釋(1975).九章算術(四庫全書珍本)(王雲五編).台北 : 商務印書館.
4.劉徽(1975).海島算経(四庫全書珍本)(王雲五編).台北:商務印書館.
5.李儼(1931).中算史論叢.上海 : 中華學藝社・上海 : 商務印書館 .
6.李儼・杜石然(1976).中國古代數學簡史.香港 : 商務印書館.
7.李繼閔 (1992).九章算術及其劉徽注研究.台北:九章出版社.
8.李迪(2002).中国の数学通史(中国数学史簡編)(大竹茂雄& 陸人瑞訳).東京 : 森北出版.
9.薮内清編(1980).中国天文学・数学集.東京 : 朝日出版社.
10.文部省(1999).高等学校学習指導要領解説数学編理数編.東京:実教出版.

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