要約

筑波大学教育研究科 今居利彦

本研究題目
 道具と数学史を用いた授業研究
―日本の測量における六分儀を用いた三角比の学習―

授業実施時期
 2004年10月

学習指導要領との関連
 中学校3年 「図形の相似」
 高等学校 数学T 「数と式」「図形と計量」
 高等学校 数学U 「いろいろな関数」
 高等学校 数学基礎 「数学と人間の活動」

既習事項
 相似な三角形の線分比

指導可能学年
 高校1年生〜
1.はじめに
 本研究では『六分圓器量地手引草』に登場する「六分儀」と呼ばれる道具を題材として,三角比が測量に使われていることを知り,数学を身近に感じ,数学を学ぶことの楽しさを知ることができるか考察した.

2.研究目的・研究方法

研究目的
 解釈学的営みとしての数学的活動を通して,数学を人の営みとして捉え,数学への興味・関心を高め,数学を学ぶことの楽しさを知ることを目的に考察する.その目的を達成するために,以下の課題を設定する.
課題1:数学史の原典解釈や追体験を取り入れた授業を通して,また当時の測量で使われていた道具の利用により,生徒が学んできた数学との関わりや違い,共通点を認識することができるか.
課題2:課題1を通して,数学を人の営みとして捉え,数学への興味・関心を高め,数学を学ぶことの楽しさを知ることができるか.

研究方法
  『六分圓器量地手引草』などを元にオリジナルな教材を作成し,授業を行う.授業テキストとビデオによる授業記録,及び事前・事後アンケートを元に考察する.

3.『六分圓器量地手引草』の教材化
 六分儀は,鏡の反射を巧みに利用して,天体の高度角を測定する航海用具である.しかし,幕末の日本においては測量における2地点の角度測定に用いられた.『六分圓器量地手引草』は,六分儀を用いた測量書のひとつであり,1853(嘉永6年)に津藩の村田佐十郎恒光によって著されたものである.本書に述べられた測量方式は,基準方向と目標の方向のなす角を,目標に向かう線上の2箇所の距離から測り目標までの距離を求める方法などである.その計算には八線表を用いる方法などが書かれており,授業では1850(嘉永3年)に刊行された山本正路『量地必携』のものを使用した.
 『六分圓器量地手引草』を教材化した理由は以下である.
・六分儀が数学的なアイデアを含み,洗練された魅力あるものと筆者が感じたこと.
・六分儀が日本では本来の目的から外れて簡便な測量器具として変容していったことが本書を読むことで感じ取れること.
・六分儀をより発展させた写角簡儀なる距離計が載せられてあり,道具の発展としても興味深かったこと.

4.『六分圓器量地手引草』の数学的解説
報告書,スライド,テキストなどを参照.

5.『六分圓器量地手引草』を題材とした授業概要
報告書,スライド,テキストなどを参照.

6.議論
課題(1)について
 事後アンケートから,「鎖国下の日本では,算用数字アルファベットがなかったので,計算に苦労したのだということを改めて感じた.」,「江戸時代から正弦定理を使っていたことに驚いた.」などの意見が得られた.これらから生徒は,江戸時代に測量を行った人々の立場になり,その人々の考え方を知り,それによって今現在自分たが学んでいる数学とどこが似ていてどこが違うのかなどを感じ取っていることが読み取れる.

課題(2)について
 事後アンケートから,「三角比が物を測るのに使われていることを知り数学というのは日常に生かされているということが分かった.」,「角度と一つの長さだけで建物などの大きなものの高さを測ることができるのは便利だ.」などの意見があった.これらから生徒は三角比を身近に感じ,現実世界の中で数学の実用性を感じているとこが読み取れる.「三角比以外のも生活の中で活用できるものはありそうだ.」などからも三角比に限ることなく数学への興味・関心を高められていると考えられる.
 また,「自分の手や目で「数学」を感じることができた.」などの意見は,単なる楽しさに留まらず,数学を学ぶことの楽しさを知ることができていると認められる.

参考文献
・村田佐十郎恒光(1853). 六分圓器量地手引草 全
・中村士(2001). 東アジアの天文・暦学に関する多角的研究. 大東文化大学東洋研究所. pp.71-119.
・礒田正美(2002). 解釈学からみた数学的活動論の展開ー人間の営みを構想する数学教育学へのパースペクティブ. 筑波数学教育研究第20号. pp.39-48

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