要約

筑波大学教育研究科   大塚慎太郎


本研究題目
解釈学的営みによる方程式に対する数学観の変容
―中世ヨーロッパの方程式論の発展を通して―

授業実施時期
2005年10月

学習指導要領との関連
中学校3年 「二次方程式」
高等学校 数学T 「方程式と不等式」
高等学校 数学U 「高次方程式」
高等学校 数学基礎 「数学と人間の活動」

既習事項

二次方程式の解と係数の関係

指導可能学年
高校2年生〜

1.はじめに
 本研究では高等学校・数学Uで学習する方程式に関する内容について、「方程式の理論」として中世ヨーロッパの原典を基に教材開発し、原典解釈を基にした授業実践を行うことで、生徒の方程式に対する意識の変容が見られるか考察した。

2.研究目的・研究方法

研究目的
 数学Uで学習する方程式に関する内容について歴史的原典を取り扱い、その方程式の理論の歴史上の発展を知り、生徒が原典を解釈することで、当時の数学を体験し、生徒の数学観、特に方程式の研究に対しての意識がどのように変わるか考察する。
 
研究方法
 上記の目的の達成のために以下の下位課題を設定する。研究方法として、原典を取り上げたテキストを開発し、その教材を用いた授業を実践し、アンケートや授業の感想、また授業の様子を撮影したビデオ等により、下位課題が達成されたかどうかを調査する。
 (1)原典解釈による解釈学的営みによって当時の数学を体験することで、昔と今の方程式の理論の違いを知り、現在の数学のよさを考えることができるか。
 (2)中世ヨーロッパにおける方程式論の発展を通し、方程式が歴史的にどのように研究され、発展していくか自ら体験することで、方程式の研究に対する生徒の数学観の変容が見られるか。
3.方程式論の原典の教材化
 本研究では、主に16・17世紀のヨーロッパにおける原典を用いた。メソポタミアの粘土板から、メソポタミアではすでに2次方程式を解いていたと考えられる。しかし、長い間、2次より高次な方程式を解く公式は存在しなかった。3次方程式の解法は16世紀になって初めてジロラモ・カルダノによって公表された。当時は方程式の未知数などに文字が使われておらず、方程式は文章で表されていた。そのため、カルダノは文章で3次方程式の解の公式を説明している。一方、フランソワ・ヴィエトは方程式の未知数だけでなく、一般係数にも文字を用いた。また、ヴィエトは方程式の解と係数の間に関係があることに気付いていた。代数学における重要な定理である代数学の基本定理は、170年前にアルバート・ジラールによって推測されている。ジラールはそれまで解として認められていなかった負数や虚数を初めて方程式の解として取り扱った。ヴィエトは方程式の解と係数の関係に気付いていたが、それはまだ完全ではなかった。ジラールは、「代数学における新発明」において、代数学の基本定理を認めることで、すべての方程式において解と係数の関係が成り立つことを示している。その際、ジラールは様々な定義をすることで、解と係数の関係を定理として説明し、虚数についてもその有用性を述べている。
 上述のように、歴史的に見ても方程式の研究は方程式の解を求めることだけではないことがわかる。ヴィエトやジラールによって方程式やその解の持つ性質を調べるようになった。生徒はこれらの数学者の立場に立ち、当時の数学者がどのように方程式をとらえているか体験する。そして、現在学習している方程式に関する理論と比較することにより、本研究の目的・課題が達成されると考える。
 
4.方程式論の原典解釈を基にした授業概要
報告書、スライド、テキストなどを参照。

5.結果と議論
下位課題(1)について
 授業では原典として、メソポタミアの粘土板、カルダノ、ヴィエト、ジラールのものを扱った。授業中の生徒との対話から、メソポタミアの粘土板とカルダノの「大いなる技法」の原典解釈をする際に、当時の数学を体験し、現代の数学と比較したと考える。また、事後アンケートからも、生徒は、解釈学的営みにより、現在の数学・方程式との比較により、現在の数学・方程式のよさを実感しているといえ、下位課題1は達成されたといえる。

下位課題(2)について
 事前アンケートでは「答えを出す」や「未知数を導き出す」などといった解を求めることが方程式の研究のイメージであるが、事後アンケートでは、解を求めることだけではなく、「法則を見つけ出す」や「新しい定理を生み出す」といった方程式の持つ性質や法則を見つけることを方程式の研究として捉えている。これから、"方程式を解く"ことに加え"方程式のしくみを研究する"ことも方程式の研究のひとつだという認識が生徒の中に生まれたといえる。このような生徒の数学観の変容は、中世ヨーロッパの方程式論の発展を通じた学習によって促されたものであり、下位課題2は達成されたといえる。
参考文献
・文部科学省(2005). 高等学校学習指導要領解説数学編理数編. 実教出版
・礒田正美(2002). 解釈学からみた数学的活動論の展開−人間の営みを構想する数学教育へのパースペクティブ−. 筑波数学教育研究室,第21号,p1-10
・カジョリ(1997). (小倉金之助 補訳). 復刻版カジョリ初等数学史. 共立出版.(原著出版1955)
・Struik, D. (1969). A source book in mathematics, 1200-1800. Harvard University Press.

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