要約

筑波大学教育研究科 高野みずほ

本研究題目
 古代インドとバビロニアの原典解釈による数学観の変容
―『シュルバスートラ』、バビロニアの粘土板の利用―

授業実施時期
 2005年11月

学習指導要領との関連
 中学校3年 「三平方の定理」
 高等学校 数学T 「図形と計量」
 高等学校 数学基礎 「数学と人間の活動」

既習事項
 相似な三角形の線分比

指導可能学年
 中学校3年生〜
1.はじめに
 本研究では、歴史的原典である古代インドの『シュルバスートラ』やバビロニアの粘土板を教材化し、原典解釈や追体験をする活動を通して、数学が日常生活、社会生活において果たしている役割を感じ、興味・関心を喚起することができるか考察した。

2.研究目的・研究方法

研究目的
 古代インドやバビロニアの数学史原典の原典解釈と、当時数学を利用していた人々の追体験を通して、数学への興味・関心を喚起し、生徒の数学間の変容を促すかどうかを考察する。その目的を達成するために、以下の課題を設定する。
課題1:古代インドやバビロニアにおける数学史原典の原典解釈、またその追体験を取り入れた授業を通して、生徒が学んできた数学との関わりや違い、共通点を認識することができるか。
課題2:課題1を通して、数学が人の営みとして歴史を経て構築されてきたものであることを感じ、数学と日々の生活との結びつきを知ることができるか。また、数学が社会生活の中で果たしている役割を実感することができるか。
課題3:課題1、課題2を通して、数学への興味・関心を高めることができるか。

研究方法
 数学史原典を利用したオリジナル教材を作成し、授業を行う。授業テキストとビデオによる授業記録、及び事前・事後アンケートを元に考察をする。

3.数学史原典『シュルバスートラ』とバビロニアの粘土板の教材化
 今回の授業では、数学史の原典として古代インドの文献である『シュルバスートラ』とバビロニアの粘土板『プリンプトン322』『イェール・バビロニア・コレクション(YBC)7289』を取り上げた。
 『シュルバスートラ』は紀元前5世紀ごろに成立した、祭りにおける縄を用いた祭壇設営を主題とする文献である。実際に生徒自らが原典を解釈し、紐を用いての追体験を行うことにより、縄を用いた図形の作図の背後にある数学的なアイディアを共感的に知ることができると考える。
 バビロニアの粘土板のうち、『プリンプトン322』はピタゴラス数の記された表で、『イェール・バビロニア・コレクション(YBC)7289』は正方形とその対角線の関係について記されたものである。これらの内容を『シュルバスートラ』の内容と対比させることにより、その類似点や相違点に気づかせる。
 また活動を通し、数学に対する興味・関心を喚起し、生徒の数学観の変容を促すことが期待される。

4.数学史原典の数学的解説
報告書、スライド、テキストなどを参照。

5.数学史原典を題材とした授業概要
報告書、スライド、テキストなどを参照。

6.議論
課題(1)について
 事後アンケートから、「古代から三平方の定理などを用いていて、高度なものだと思った。」「自分たちが現在日常的に使っている公式などを、驚くべき方法で生み出していることはすごいと思った。」「昔は縄を使って数学をやっていたことに意外性を感じた。」などの意見が得られた。これらから生徒は、自分たちが今学んでいる数学と当時の人々が使用していた数学を比較し、どこが似ていてどこが違うのかなどを感じ取っていることが読み取れる。

課題(2)について
 事後アンケートから、「今勉強していることも昔の人たちの努力があってのものだと考えるようになりました。」などの意見は現在の数学を歴史の中で構築されてきたものの結果として好意的に受け取っている姿がみられる。また「勉強に対することしか数学はないと思っていました。でも実際は生活に必要なことから生まれたと思うと、少し違った見方になったような気がします。」「数学と生活とは関係がうすいと思っていたけれど、とても身近なものだと感じた。」などの意見も得られた。これらからは、数学と生活の関係を今までほとんど感じてこなかった、または、数学は勉強のイメージしかなかった生徒が、日々の生活と数学との関係を感じ取ったということがわかる。

課題(3)について
 事後アンケートから、「今まで知らなかったことだったので非常に興味深かったです。数学がちょっと面白いなぁと思いました。」などという意見が得られた。これらから、生徒たちは、数学のおもしろさ、数学の深さなどを実感できたといえる。また、「数学がどのような過程で現在のものになっているのか知りたくなりました。」などの意見からは、数学に対してただ興味を持っただけでなく、もっと深く知ろうとする姿がみられる。

参考文献
・著者不明(1980). アーパスタンバ・シュルバスートラ(井狩弥介 訳).矢野道雄(編),インド天文学・数学集(pp.373-488).東京: 朝日出版
・ヴァン・デル・ウァルデン(1984). 数学の黎明(村田全, 佐藤勝造 訳). 東京: みすず書房
・ノイゲバウワー(1984).古代の精密科学(矢野道雄, 斉藤潔 訳). 恒星社厚生閣
・礒田正美(2001). 異文化体験からみた数学の文化的視野の覚醒に関する一考察: 隠れた文化としての数学観の意識化と変容を求めて.筑波数学教育研究第20号. pp.39-48
・礒田正美(2002). 解釈学から見た数学的活動論の展開: 人間の営みを構想する数学教育学へのパースペクティブ.筑波数学教育研究第21号.pp1-10