要約

筑波大学教育研究科 永田岳
本研究題目
零約術による異文化体験の効果に関する研究 −原典として『大成算経』を利用して−

授業実施時期
 2005年11月

学習指導要領の関連
 中学校3年「平方根」
 高等学校 数学基礎「数学と人間の活動」
 高等学校 数学A「数列」
1.はじめに
 本研究では『大成算経』に登場する「零約術」と呼ばれる不尽数を近似分数に変換する手法を題材として、この零約術を使いながら数学への興味関心を促すことと無理数への理解を深めることについて考察した。

2.研究目的・研究方法

研究目的
 『大成算経』を使った原典解釈によって、数学観、特に今回は無理数の概念に関する変容を図ることを考察する。ただし、「原典」とは、翻訳文献まで含めることにする。
 目的達成のため、以下の課題を設定する。
課題1:江戸時代の日本における数学の原典解釈を通じて、数学に対する興味・関心を喚起することがきるか。
課題2:零約術による無理数へのアプローチを通じて、パターンに注目し、そのパターンを用いて未知の部分を類推するという能力を高めることができるか。

研究方法
『大成算経』をもとにオリジナルの教材を作成し、授業を行う。ビデオによる授業記録と、事前・事後アンケートをもとに考察する。
3.『大成算経』の中の零約術の教材化
  今回、零約術)を教材化するにあたり、関孝和、建部賢弘・賢明によって書かれた『大成算経』に焦点を当てた。加藤(1964)は「『大成算経』は関孝和の晩年の書物であり、その作成には関孝和の高弟に当たる建部兄弟の助力が大きく関与している。」といっている。『大成算経』の中で用いている零約術をもちいた問題の解説はすべて言語によるものであり、表や図は使用していない。しかし、その内容から零約術のための計算として両一術、翦管術という和算特有の計算をしていることがうかがえる。
生徒にとって零約術はもちろん和算自体もはじめて聴く言葉である。これは、事前アンケートで確認されている。 したがって、生徒にとって和算の中の零約術を学ぶということは異文化を理解するということに当たる。これは実際零約術を学んだ後に行った事後アンケートで生徒の「学校で習っていない数学」・「今までとは違う考え方」という発言からもうかがえる。
 礒田(2002)は、「他者の立場を想定し、他者への共感するとともに、他者の考えを鏡に自らの考えを明らかにする数学的活動」を、解釈学的営みをいう言葉で表現している。具体的な活動として、「歴史上の原典を開き、その原典を記した人の立場や考えかを想定し、その人に心情を重ねて解釈すると、今、自分たちの学ぶ数学が、異なる時代・文化背景に生きた人々によって、まるで異なる時代様式で研究され、表現されていたことが体験できる」といっている。また、解釈学的営みを通じて、「数学自身とそれを生み出した人間とのかかわりを知る数学教育にかかわる社会・文化は、他者への共感という人間の営みを通じて主観的に共有される」といっている。このことから、数学的活動に解釈的営み適用することで、数学が発展してきた過程、数学の必要性を知る中で、工夫・驚き・感動を味わい、数学を学ぶことの面白さ・考えることの楽しさを味わうことができると考える。
また、零約術の中に出てくる数字は小数と整数のみである。無理数に当たる数字も近似し有理数で表されている。連分数は今回の零約術の授業で有理数から無理数への橋渡しの役割をしている。すべての生徒が連分数という言葉を聴くのは初めてであった。しかし、連分数の考えをこれまでに使ったことがある生徒は数人いた。また、連分数は知らずとも分数の理論のみで連分数を理解することは容易である。したがって、連分数は零約術を理解するための既知の知識となる。
 以上のことから、原典解釈を通じ江戸時代の数学を追体験すること、また、無理数のこれまでの特質とことなる新しい特質を知ることでより一層数学への興味・関心を喚起することができると考え、『大成算経』の中の零約術を本研究の題材とした。
4.「零約術」の数学的解説
報告書、スライドなどを参照。

5.『大成算経』を題材とした授業概要
報告書、スライド、テキストなどを参照。

6.議論
課題(1)について
 事前に行ったアンケートでは、三角比に対する需要についての肯定的意見が11名、否定的意見が16名であったのに対して、事後アンケートではその数が逆転する結果となった。このことから、この原典による授業を行うことによって、生徒が三角比の学習において三角形の辺の比を意識するように変化したと考えられる。そしてさらに三角比が測量という日常生活の場面において利用されているということが意識できるようになったと考えられる。また、幕末の測量道具の利用という異文化体験が、興味関心という面を支えていたことも事後アンケートなどから確認することできた。

課題(2)について
 事後アンケートの結果から「(幕末に数学が)変わらなかったら今の数学はない!」や「近代的な日本を作った中で数学という発展が、理軒などの人たちによってなされたということを教わることはとてもよい」などの意見が得られた。これにより生徒が、数学は文化を含んで歴史的発展を遂げてきたものであるという数学観を持つことができたと考えられる。

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